大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)1868号 判決

原告

月形スミ子

被告

株式会社みのや美容商事

主文

一、被告は原告に対し金四一万一、五〇六円と内金三四万一、五〇六円に対する昭和四四年四月二六日から、内金七万円に対する昭和四五年九月二四日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四、この判決の一項は仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

(原告)

被告は原告に対し金一四四万五、一〇四円とこれに対する昭和四四年四月二六日(本訴状送達の日の翌日)から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

(被告)

原告の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とする

との判決。

第二、原告の請求原因

一、傷害交通事故の発生

とき 昭和四三年一月一六日午後四時五〇分ごろ

ところ 尼崎市東難波町四丁目一八番三二号先路上

事故車 自家用普通貨物自動車(泉四の六五一二号)

運転者 稲垣清之(進行方向北から南)

被害者 原告(東から西へ横断歩行中)

態様 衝突、はね飛ばし

受傷内容 頭部外傷Ⅱ型、外傷性頸椎症、骨盤皮下骨折、右腓骨皮下骨折、内耳外傷性難聴

二、帰責事由

根拠 自賠法三条

事由 被告は本件事故車を所有し、これを自己の業務のために使用していたものである。

三、損害

(一)  治療費 九、九九〇円

(二)  通院交通費 五、九八〇円

(三)  得べかりし利益の損失 五〇万八、二〇〇円

右算出の根拠

(1) 職業 住友生命保険相互会社外務員

(2) 月収 三万六、〇〇〇円

(3) 期間 昭和四三年一月一六日から昭和四四年三月一五日まで

(四)  慰謝料 七七万五、〇〇〇円

右算出の根拠

(1) 入院 昭和四三年一月一六日から同年三月三一日まで(中馬病院)

(2) 通院 昭和四三年四月一日から同年八月一九日まで(同病院)

(3) 予後 その後、歩行痛、頸痛、頭痛を覚え、再度同病院へ通院して治療を受けており、前記内耳外傷性難聴の治療のため昭和四三年四月三日から同年七月二五日まで通院したが、現在後遺症として両側平均六〇ないし六五デシベルの聴力損失と軽度の平衡機能障害を来している。

(4) その他 右障害の結果、前記住友生命保険会社における外務員としての勤務は不可能となり、昭和四三年一〇月ごろ、やむなくこれを退職した。なお、原告は昭和四三年一〇月一一日訴外月形重太郎との婚姻届をなし、結婚生活を営んでいるが(それ以前から同棲していたもの)、前記後遺症のため満足な家庭生活を送れない有様である。

(五)  弁護士費用 一八万円

四、損害のてん補 三万四、〇六六円

原告は被告から休業補償の一部として右金員の支払いを受けたので、これを前記得べかりし利益の一部に充当する。

五、本訴請求

よつて、原告は被告に対し右損害残額金一四四万五、一〇四円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四四年四月二六日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、被告の答弁ならびに抗弁

(答弁)

一、請求原因一(傷害交通事故発生)の事実のうち、態様のはね飛ばしの点を否認し、受傷内容の点を不知とするほか、その余の事実は認める。

二、同二(帰責事由)の事実は認める。

三、同三(損害)の事実のうち、原告がその主張の日に訴外月形と婚姻したことを認め、その余はすべて争う。原告がその主張のころ住友生命保険会社の外務員を退職したとしても、それは、右月形との婚姻生活に入つたためであつて、本件受傷によるものではない。なお、被告は本件事故後、原告に対し、その損害の回復に誠意をもつて当つて来たものである。

(免責の抗弁等)

一、本件事故現場は、歩道と区別された車道の幅員一三メートルでその南方二〇メートル附近に横断歩道が設置されているところであり、自動車の速度は五〇キロメートル毎時に規制されている所である。

二、事故車運転手稲垣は、約三〇キロメートル毎時の速度で事故車を運転南進中、その一〇メートル余り前方へ東から西に向けて前記車道を小走りで横断しようとして出て来た原告を発見し、急停止の措置をとつたが、もはや同車の制動能力の限界を越える距離関係にあつたため、衝突のやむなきに至つたものである。

三、かようにして、右稲垣には、非難さるべき過失はなく、又、事故車には、構造上の欠陥も機能上の障害も存しなかつたものである。本件事故は、原告の横断歩道外を、しかも走行車両の直前を、その安全を確認することなく横断しようとして飛び出した自殺的行為によるものであつて、被告は自賠法三条但し書により免責されるべきである。

四、仮りに右稲垣にも過失があつたとしても、前記の如く本件事故の主因は原告の重大な過失に存するから、その損害額の算定には、被告において既に支払つた合計六九万〇、一九〇円(治療費として中馬病院分四六万八、四四〇円、瀬尾医院分一〇万八、一〇九円、附添費四万五、九二〇円、休業補償費三万四、〇八八円、交通費等諸雑費三万三、六三三円)をも含めて、過失相殺がなされるべきである。

第四、抗弁に対する原告の答弁

被告の、訴外稲垣の無過失の抗弁(免責)は否認する。原告は、横断歩道の信号機が青の点灯に変り、車道上の北行車はすべて横断歩道の南側で停止し、南行車はいないことを確認して、右横断歩道のやや北側(約二・五メートル)を西に向け歩行横断したところ、その中心線を一メートル位過ぎた地点で事故車にはねられたものである。これに対し、右稲垣は、現場東側の歩道上に四〇人ないし五〇人が佇立していたのを、見透しのよい直線道路を南進するに当り事前に認めていた筈であり、この多人数の中には、横断歩道外とはいえ車道に飛び出す者もあり得ることを予見し得た筈である。しかるに漫然四三キロメートル毎時位の速度のままその側を通過しようとしたもので同人の過失は明らかであり、且つ重大である。このことは、仮りに原告の衝突された地点が中心線の東側でしかも横断歩道より相当北方であつたとしても同様である。

第五、〔証拠関係略〕

理由

一、請求原因一(傷害交通事故の発生)のうち、態様のはね飛ばしの点と受傷内容を除くその余の事実については当事者間に争いがない。

二、〔証拠略〕を総合すると、本件事故の状況ならびに原告の受傷程度は左のとおりであつたものと認められて、他にこれを左右するに足る措信すべき証拠はない。

1  現場の状況

市街地を南北に走る直線道路で、歩車道の区別があり、車道の幅員一三メートルでその中央に中心線の標示がなされている。路面はコンクリート舗装され、平たんで乾燥しており、五〇キロメートル毎時の速度規制区域で車の往来はげしく、当時(午後四時五〇分ごろ)は明るく、現場東側にある労働会館から会合を終えて出て来た群集数十名が、東側歩道上ならびにその附近車道内に佇立していた。なお、現場の南方三〇メートルあたりにある交差点に東西への横断歩道がある。

2  事故車の状況

事故車運転手は、前記佇立中の群集の側を約一・五メートルの間隔を保つて四〇キロメートル毎時位の速度で事故車を南進させていたが、右群集の中の親子連れが西へ横断する気配を示したので、急制動を施したところ、右親子連れにおいて事故車の通過を待機したため制動操作をやめたとたん、左前方数メートル余りの所から小走りに車道内つまり事故車の進路上に進出して来た原告を発見し、再び急制動を施したが及ばず、同車の前部で同女を約二・四メートル右前方にはね、右衝突地点から四メートル余り進んだ所で停止した。

3  原告の状況

原告は、前記労働会館での創価学会の会合を終え、前記群集と共に現場東側歩道附近に居たが、タクシーを拾つて帰途につくべく、南行するタクシーを待つたが望みがなく、北行タクシーを拾おうとして前記交差点の南側で約一〇台位が停止しているのを見て、右方南進中の事故車に気づかないまま小走りで西へ横断しはじめたところ、中心線の手前附近で前記のとおり事故車にはねられ、直ちに最寄りの中馬病院へ運ばれ、診察の結果頭部外傷Ⅱ型、外傷性頸椎症、骨盤皮下骨折、右腓骨皮下骨折の傷害と診断され、同日(昭和四三年一月一六日)から同年三月三一日まで同病院に入院して治療を受け、更に同年四月一日から同年八月三一日まで同病院に通院(実日数八〇日)して治療を受けた。なお、同年四月三日から同年七月二五日までの間瀬尾耳鼻咽喉科院において、内耳外傷性難聴の治療を受けたが、昭和四四年三月六日同病院において両側平均六〇~六五デシベルの聴力損失と軽度の平衡機能障害の後遺症をとどめている旨診断された。

〔証拠略〕のうち、右認定に反する部分、就中前記交差点の北側にある「横断歩道を渡ろうとしたもので、労働会館を出て直ぐに横断したのではないのです。私が横断して中央辺りに来た時には、北行する自家用車、営業車等が私の左側で停車していてくれたのです」との部分は、〔証拠略〕に照らして、にわかに措信しがたいところである。

以上の事故状況からすると、事故車運転手稲垣には、前記佇立中の群集の側を通過するのであるから、その中に事故車に気づかず突如車道内(西方)へ進出する者のあるやも知れないことを慮り、減速するか、警音器を吹鳴するかして事故車の通過を覚知させるべき注意義務があつたのに、これを怠つた過失があるというべく、又原告には、近くに横断歩道があるのに、これによらず、交通量の多い現場を不用意に横断した点に過失があつたものといわなければならない。

されば、被告の免責の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由がなく、被告は、自賠法三条による責任を免れない。

三、損害

(一)  治療費 九、九九〇円

(〔証拠略〕)

(二)  通院交通費 五、九八〇円

(〔証拠略〕)

(三)  得べかりし利益の損失 一八万円

右算定の根拠は左のとおりである。

(1)  職業 住友生命保険相互会社外務員

(2)  月収 三万六、〇〇〇円

(3)  損失期間 昭和四三年一月一六日から訴外月形重太郎と夫婦同共生活を営むに至り且つ、前記会社を退職した同年六月中旬までの五カ月間。その後は、婚姻生活に入り、家庭の主婦としての稼働に専念すべく、他に就職する意思ないし能力を有していたものと認めるべき資料がなく、右主婦としての稼働に支障を来していたものとも認め難い(主婦としての稼働に堪えられない女性と、故ら婚姻する男子は通常あり得ないものと思われる)から、右時期をもつて休業期間の終期と認定する。

(〔証拠略〕)

(四)  慰謝料 五〇万円

右算定の根拠として特記すべき事実は左のとおりである。

(1)  本件事故の態様、傷害の部位、程度、治療経過、被告の誠意。

(2)  前記後遺症と、これが退職につながり、日常生活にも少なからず不便をもたらしていること、その程度は本件本人尋問に堪え得ない程ではなかったこと。

(〔証拠略〕)

(五)  弁護士費用 七万円

原告が本訴提起を原告の訴訟代理人に委任し、これがため弁護士費用の支払を同代理人に約していることは〔証拠略〕に徴し明らかであるところ、後記認容額、事案の内容その他諸般の事情を考慮して、そのうち右金額を本件事故と相当因果関係のある損害として被告に負担せしめるのを妥当と認める。

四、過失相殺

前認定の事故状況から、被告の責任の量を減弱せしむべき原告の落度として四〇パーセント程度を認めるのが相当であるから、前項(一)、(二)、(三)の損害額に、被告会社代表者本人尋問ならびにこれにより〔証拠略〕によつて認められる被告既払の治療費、交通費等諸雑費ならびに休業補償費(三万四、〇八八円につき当事者間に争いがない)合計額のうち被告主張にかかる六九万〇、一九〇円を加えた額につき、その四〇パーセントを民法七二二条により控除すると、その残額は五三万一、六九〇円となる。

五、損害のてん補

右過失相殺をなした後の前記損害額に、前項(四)、(五)の損害額を合算すると一一〇万一、六九六円になるところ、右被告において支払ずみの合計六九万〇、一九〇円をこれから控除するとその残額は四一万一、五〇六円となる。

六、結論

よつて、被告は原告に対し右損害残額四一万一、五〇六円と内金三四万一、五〇六円(弁護士費用を除く分)に対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四四年四月二六日から、残余の七万円に対する本判決言渡の日である昭和四五年九月二四日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

されば、原告の本訴請求は右の範囲で理由があり、その余は理由がないから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村行雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例